「ユーザーに届けるべき情報をいかに効率的に届けるか、それがUIデザイナーの仕事」貫井 伸隆 – メンバーインタビュー #10
THE GUILDメンバーインタビュー、第10回はデザイナーの貫井 伸隆さん(@NobtakaJP)です。
株式会社デジタルステージのデザイナー、株式会社グッドパッチのChief Creative Officerなどを経て独立し、自身の会社SUPER LUCKY BOYを設立。ソフトウェアデザイナーとして活躍している貫井さん。
デザイナーという仕事にたどり着いた経緯、デザインをするうえで大切にしている価値観、そして今後の展望について話を訊きました。
子どもの頃からコンピューターに魅せられてきた
― 貫井さんのこれまでのキャリアについてお聞かせください。
キャリアのきっかけは、小学生まで遡ります。小学生の頃、学校にあったMS-DOSマシンでプログラミングをして遊んでいたんです。
当時は雑誌にコードが書かれていて、「この文字を丸写しするとゲームが作れるのか!」と興味を抱き、休み時間にコードを書いて、CUIを覚え、フロッピーに保存して教室に戻る、という生活をしていました(笑)。
中学生の頃にはWindows95が出てきて、GUIに触るようになりました。その後、近所に住んでいたお兄さんのMacを触らせてもらったことがきっかけで、「学校にあるWindowsよりも楽しいじゃん!」とMacにはまっていきましたね。
それからは、デザインソフトを使ってベクターの絵を描くようになり、さらに出来上がった絵をウェブ上で発表したいという想いからHTMLを学びはじめました。
― 小学生の頃にUI体験の源流があったのですね。その後はどのようなキャリアを歩まれたのですか?
会社勤めという意味でのキャリアは、21歳の時にスタートしました。海外を数か国旅して帰国した後、父の伝手で紹介してもらったのが、老舗印刷会社のウェブ担当部署。HTMLを書けたことが功を奏したのだと思います。
印刷会社だったので、ウェブだけでなくパッケージなど紙のデザインもしていました。パッケージデザインをしながら、コーディングして、手が空いたら自分でグラフィックのデザインをして……というかたちで仕事をしていました。
この会社には7年位勤めていたんですが、そのうちにコーディングではなくデザイナーとして働きたいという想いが強くなり、デザイナーとして転職することにしたんです。
この会社に入って初めて、「ユーザーインターフェイスというものをデザインする人がいるんだ」とか「ユーザーインターフェイスのデザインでお金を稼いでいる人がいるんだ」ということに気づいて。ソフトを使う側から、ソフトを作る側になる楽しみを感じ、UIデザイナーという仕事を意識するようになりました。
― その後、グッドパッチ社のCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)にはどういったきっかけで?
一方、実はコンピューターで絵を描くことに興味を持ったころから、個人的な趣味として素材屋さん(※インターネット黎明期にあったドットやピクセルで描いたアイコンやバナー用の素材を無料配布するウェブサイト)をやっていたんです。
一時はそれで食べていこうと考えたこともあったんですが、さすがに上手くいかず、趣味として続けていました。
デジタルステージに勤めていた頃には、趣味の素材屋さんがMacのインターフェイスやアイコンづくりに発展していて、作っていたものをポートフォリオとして「Dribbble」というデザイナー向けの招待制SNSに載せていたんです。そのポートフォリオを見て声をかけてくれたのが、グッドパッチの土屋社長でした。
チーフ・クリエイティブ・オフィサーという肩書きをもらってグッドパッチで働いていた2年間は、本当に濃い2年間でした。その頃はちょうどソフトウェアのデザイン業界が注目されはじめ、「UIデザイン」という言葉がやっと認知されるようになった時期でもありました。それまでは、「UIデザイナー」や「ユーザー・エクスペリエンス デザイナー」と名刺に書いても、首をかしげられていましたからね。
「貫井さんなら大丈夫だよ」という言葉に背中を押され、独立へ
― デザイナーとしてCCOまでキャリアを重ねてきた貫井さんがその後、独立するに至ったのはなぜですか?
会社が発展していくタイミングで、自分の働き方や思想と少しずつズレが出てきたことも理由のひとつですが、そんな中、安藤さん(@goando)が独立を勧めてくれて、THE GUILDに誘ってくれたのは大きなきっかけになっています。
実は、当時子どもが生まれたばかりで、独立するなんて妻にはとても言えないと思っていました。そのことを安藤さんに伝えると、「え、貫井さんなら大丈夫だよ」と言ってくれて、僕の妻を呼んで食事会を開いてくれたんです。最終的には、「安藤さんにそこまで言ってもらっているんだから…」と妻からも背中を押されたかたちで独立しました。
独立して4年、独立の決断をしてよかったなと感じているところです。
― 独立後は、どのような仕事をされているのですか?
ソフトウェアのインターフェイス・デザインが主ですね。グッドパッチ時代に「マネーフォワード」や「グノシー」のUIデザインに携わっていたこともあって、THE GUILDとして関わる仕事も、個人の仕事も必然的にFintech系やメディア系が多いです。海外からUIやアイコンのデザイン依頼をもらうこともあります。
貫井さんが関わっている企業向け経費精算アプリ「Dr.経費精算(現・『TOKIUM経費精算』)」
ソフトを作るにあたっては、規模の大きさではなく、ユーザーの満足度を追求しています。例えば、中小企業向けに毎日2時間残業している状況から残業なしで帰れるような業務改善のためのソフトを作って、その企業の社員みんなが満足している状態を作る、そんな仕事が自分の性格にも合っているなと感じていて。
最近は某アイウエア企業の店頭スタッフ用アプリを作っていたんですが、何店舗もお店を回ってスタッフに使い心地について突撃でインタビューさせてもらって、改善点を提案したりとか。そういった仕事はやっていてとても楽しいですね。
仕事でなくとも、自分で「いいな」と思ったソフトの価値を高めたい
― 先ほど、趣味として素材屋さんを続けていたという話がありましたが、今も素材屋さんは続いているんですか?
今は素材づくりではないのですが、趣味でひそかに海外のソフトウェアの翻訳をやっています。海外発のよいソフトウェアを見つけると、もっと色んな人に使ってもらいたい、って思うじゃないですか。自分でサイト上のコンタクトフォームから連絡してローカライズファイルをもらって、日本語に翻訳してあげるんです。
ローカライズにも方言があって、それを熟知した上で翻訳することが重要。たとえば「Print」。Windowsでは日本語で「印刷」と表示されるものが、Macだと「プリント」なんですよね。そういった細かな配慮が欠けていると、ユーザー側の違和感に繋がってしまう。
あと、翻訳と並行してキーボードショートカットのアドバイザーもしています。言語によって微妙にキーボードの配列やキーの大きさが異なるので、日本のユーザーが日本のキーボードで使いやすいキーの組み合わせでショートカットを提案するんです。いわゆるショートカットのローカライズで、これが結構好評です(笑)。
これら翻訳やショートカットアドバイザーは、報酬をいただいているわけではなく、全てボランティア。「自分がよいと思ったソフトの価値を少しでも高めてあげたい」という想いでやっているだけです。
― 他にも仕事とは異なるフィールドで取り組まれていることはありますか?
「macOS native」というMacのネイティブアプリを広めるグループのコアメンバーを務めています。Twitterで検索すると“狂気のイベント”と書かれてたりするんですが(笑)、Macのネイティブアプリを作っている人たちで情報共有することがこのグループの目的です。
かつて、「Human Interface Guidelinesなんて読まなくてもいい」という主旨のツイートが投稿されて炎上したことがありました。
個人的には、「起源を知らずに何かをすることは恐ろしい」という価値観を持っていて、 macOS nativeの活動をしている根底にも、サードパーティー側がきちんとしなければ、iOSも無法地帯になりかねないという想いがあります。
例えば、今のiOSのホーム画面って、Mac OS X Tigerのダッシュボードを外に持ち出すということがコンセプトになっているんです。だから、元々DockのデザインはTigerのDockと全く一緒。iOS初期の天気アプリもダッシュボードのデザインを踏襲してる。
僕はiOSアプリのUIデザインをするとき、誰にも見せないけどMacアプリのデザインが一回あって、それをiOSのデザインに持っていくんです。そこで違和感が出るか出ないか、みたいなところは良し悪しの判断基準になっている部分がありますね。
「みんなが満足するマジック」を追求したい
― もう少しそのあたりのこだわりを詳しくお伺いしたいところなのですが、残念ですが時間にも限りがあるので……ここまでのお話で貫井さんがデザイナーとして働く上で大切にされていることって何でしょうか?
1つのキーワードは「マジック」です。
小学生の頃に塾の先生がExcelでテストの点数を管理していて、各教科の点数を入れたら自動でクラスが振り分けられていく様子を見ながら、「魔法だ!これおもしろい!」と感動したんです。HTMLは全て言葉なのに、プレビューすると綺麗なウェブサイトになる、これもマジックっぽいじゃないですか。僕はそういうポイントが好きで。
ではマジックって何なのかというと、日常や自然の流れのなかで突拍子もないことが起こったときの感覚なんですね。
僕がソフトのデザインをしていて一番のほめ言葉だと思うのは、「どこをデザインしたんですか?」と聞かれることで、それはつまりユーザーがどう使えばいいかを一目瞭然で自然に理解できたということなんですが、その上で少しだけそのソフトウェアらしい個性を盛り込むことが、魔法みたいなところに繋がるのかなと思っています。
― ちなみに、昨今はTHE GUILDでもデザイナーの働き方が、事業全体を俯瞰するコンサルのようなタイプと職人的にデザインに邁進するタイプに大きく分かれていっているなと感じているのですが。
僕はやはり作っている側のほうが楽しいなと思いますね。
ちなみに、UIとUXって一緒にされることが多いのですが、個人的にはまったく別物だと思っています。自身の仕事という意味では、UIやUXという言葉が生まれる前に出てきた、「インフォメーション・アーキテクチャ」という表現が一番しっくりきていて。ユーザーに届けるべき情報を、いかに効率的に届けるか。これが私のやるべき仕事だと思っています。
― 今後はどんなお仕事をしていきたいですか?
いずれは他人のソフトではなく、自分のソフトを作りたいと思っています。
自分のプロダクトを持って、それを販売して生きていくソフトベンダーになることが夢。「うわー楽しい!」とか「そうそう、俺がコンピューターに求めていたのはこのソフト!」と自分が“マジック”に対して抱いてきた興奮を、誰かに提供できるようになったらいいなと思っています。
― ありがとうございました。
貫井 伸隆 / Nobutaka Nukui
Software Designer
THE GUILD Member / SUPER LUCKY BOY 代表
Dribbbleに初めての日本人として参加。株式会社デジタルステージでデザイナー、株式会社グッドパッチでChief Creative Officerを歴任、「グノシー」や「マネーフォワード」など数多くの著名アプリのUIデザインを手掛ける。独立後はSUPER LUCKY BOYを立ち上げ、活動の幅を広げている。
Twitter: @NobutakaJP